16日間の旅を無事終えました。このページはその付録です。

年寄り夫婦の旅行です。その準備は?
安全第一に、着替えから薬品、携帯電話、連絡簿、救急用品、非常食、車の整備(スタットレス交換)、毛布、あめ玉、レジャー椅子、車内食料、ハイキング用品から耳かきまで合計102品目(衣類は1つ数えて)に上りました。それぞれ使いやすいように区分して収納していきました。
海沿いを走るコースは?
基本的には海沿いを走るでした。だから海の青さ美しさは毎日堪能できました。
どうして海はこんなにホッとさせるのでしょうね。
ただ十勝川河口付近は地震のため交通がストップしていて地震災害の恐ろしさを実感しました。

走行距離は
16日間で2565kmでした。走り終わって全く距離や疲れを感じませんでした。まっすぐで広い道路・美しい景色・少ない車。快適に走るに必要な条件なんでしょうね。こんなにいい世界を体験できるなんて夢にも思いませんでした。
撮影した記録は

どこを撮っても絵になる景色の連続でした。風景が1枚の写真に収まりきらないのはグランドキャニオンと同じです。撮影した写真は1334枚、ビデオは3本です。このシリーズはこの中から選んで作成しました。

 

肩書きは必要ない。

すべて見知らぬ人との出会い。例外なく皆さん親切でした。話も弾みました。肩書きを背負って話すことしか知らなかった私にとって、それが本当の人との出会いにいかに不要なものであるかということを知りました。

家内が運転できるということ
20数年前いやがる家内に無理矢理免許を取らせたのです。交代で運転できるので時にはコースが長くなっても全く平気でした。免許のない奥さん、将来「ぶらーっと」旅をするための必須条件、絶対取るべきですよ。
インターネットの素晴らしさ
毎晩その日の様子をHPにUPしました。それがこのページの元になっています。毎日の様子が手に取るようにわかって良かった、とか写真は健康状態がわかって良かったとか、旅行の様子が毎日伝えられて楽しみだったとか。様々な意見が寄せられました。一緒に旅行している気分とまで言ってくれてうれしくなりました。

 

メール素晴らしさ

勝手に「迷惑メール」を送りつけてHPを見て頂くわがままができました。ご免なさい。
隣から海外まで一度に送信できました。旅の途中にたくさん返信頂き、メールを読むのは車中ではなく宿と決めました。だって素晴らしい景色を眺める時間が少なくなるからです。



やすい民宿ほどいい不思議
宿を探すときの基準として、一番安いか名前のおもしろいところを第一候補にしました。どれもはずれはありませんでした。それどころかむしろ良かったです。土地の人の情にふれることができました。温かい善意の固まりに恵まれた今度の旅行の成果はここにあったようです。
旅のアドバイザー
私のお隣さんはご夫婦して大の山好きです。私の回復しつつある体調にあわせて何度も誘ってくれました。おかげで初めてリュックと登山靴を買うまでに至りました。車なのでこれらの装備も持参しました。おかげで3回も北海道のミニハイキングを楽しめました。一番思い出に残っている静けさと美しさの知床五湖に行けたのも、美幌峠の頂上でお湯を沸かしてラーメン食べられたのもご夫妻のおかげです。留守中はおじいちゃんが花の面倒を見てくれました。お陰様で安心して旅を続けられました。
自家用車で行く利点

レンタでないから何日乗ってもガソリン代だけ。おみやげをたくさん買っても荷物の心配がない。行き先でレンタを借りるのとではここが大違い。旅をとても楽しくします。
行く先々の時間も全く自由でした。つまり制約が全くなかったと言うことになります。

 

あまりにも整備されている道路
どこへ行っても道路は整備されていました。制限速度内で走ることはすごく難しいです。他の車に迷惑かける(?)からです。でも必死に戒めました。路肩に入って後続の車を先に行かせることに努力しました。これ本当です。

 

「ぶらーっと一周」その日の宿見つけ

宿を決めたのは早くて3時、遅くて6時でした。できるだけ「ぶらーっと」するために行き当たりばったりの毎日でした。それだけに旅行と言うより日々の生活の延長の感覚でした。夕方になってもう一度泊まりたくなって戻って連泊したところもありました。いたいところにはできるだけいることができました。

 


「北海道イメージアップキャンペーン」

タイトルに使った北海道の3文字は妙に心をうきうきさせます。これは平成10年にスタートした北海道イメージアップキャンペーンのロゴタイプ部門で最優秀賞に輝きました。またキャッチフレーズ最優秀賞の「試される大地」は前向きな挑戦する気持ちのTryからきています。
そしてあるポスターには
  「一歩前に出る勇気があれば きっと何か   がはじまる」
またあるポスターには
   「どうやらここは大きな夢が似合いそうだ」
何か心をくすぐるものばかりでした。

フェリーはいいですよ。

初めて乗りましたがフェリーは快適でした。天気が良くて穏やかだったのでなおさらです。二等寝台は天国です。外の景色は見えないけれどおかげでぐっすり眠ることができました。海景色はデッキに行けばいくらでもみれます。寝すぎたくらいです。

 


経費節減

北海道の珍味を食べ歩く。ラーメンを食べ歩く。豪華な食事にありつく。どれも違います。普段の生活の延長です。それでもおいしいものをたくさん食べられました。
家内は食事の用意をしないだけでも満足だったようです。総経費は予定よりグーンと安くあがりました。 これなら年金で再度挑戦も夢ではない。


母校巡り

高校まで北海道で育った私の思い出の一番はまず学校。親父(教員)の転勤と一緒に上川支庁内を転々としました。そのすべて(小2、中2、高1)の学校を訪問することにしました。しかし当時の校舎はすべてなく、うち1校は統廃合でなくなり、寂しい限りでした。でも付近で当時の面影を探すことができました。

 

 

税理士さんお薦めの春国岱
船内で相部屋になった税理士さん。奥さんの故郷北海道へ行くのも今回が最後になるだろうと語っていました。寄る年波と北海道への愛着がにじみ出ていました。「春国岱」は彼の推薦です。知名度は低いですが行ってみると別世界で幻想的な別世界でした。
野付半島のトドワラ (トドマツが海水の塩分で枯れたもの)とは違って熱帯のジャングル風でした。
写真家・検察審査協会理事・NHKデザイナ
同宿した皆さんです。
第一線で活躍中の写真家は20年以上麓郷に通い続けて撮影している中から、すでに素晴らしい写真集「四季光彩」(富良野・美瑛)を出版されています。
麓郷に魅せられて毎年1ヶ月長期滞在するという検察審査協会の方の名刺には「風の旅人」と書かれていました。
日常の仕事の繁忙さから退避してゆっくり一人の時間を過ごしたかったという好青年は、NHK番組で活躍中の現役のバリバリでした。
どなたも味のある方ばかりでした。

出会い
北の果て稚内で道を聞くためにコンビニ風の店に入りました。買い物もせず道を聞いただけなのに宿まで先導してくれたり、翌日の朝のコーヒーに誘ってくれました。翌朝親切にしていただいたお礼を言うために寄りました。すでに外で待っていてくれて、通された居間には赤飯やおにぎり・果物が並んでいました。我々が向かう予定の方向にはあまり店がないから、と朝4時起きで作って待っていてくれたそうです。北国にはこんなに素晴らしい家族がいるのです。


網走大地

番外地にばかり目を奪われないで畑作の大地をドライブすることを進めます。北海道の醍醐味が味わえます。
網走のポスターにはそれぞれ次の言葉が記載されていました。
  「網走の青を見たか」
  「網走の赤と出会ったか」
  「網走の黄に触れたか」   
そしてファームでは
   「時間の流れ楽しんで」
うーんとうなってしまいました

白バイ隊員と仲良くなりました。
写真を見た方はどなたも私がスピード違反で捕まったと勘違いされたと思います。天地神明に誓ってそれは誤解です。記念写真撮影にも応じてくれたとても優しいお巡りさんです。
別れ際、あまりにも広い地域で人家も少ないので道に迷ったら110番するように言われました。
しかもその時何か聞かれたら自分の名前を告げてくださいとまで言ってくれて。こんなことは考えてもみなかったです。
お巡りさんをいつも 捕まるかもしれないと目の敵にするのは絶対おかしいです。

漁協での買い物
人だかりの山。それぞれ大きなビニール袋や底の深いバケツやプラスチックケースを持参していました。もちろん我々は何も持っているはずがありません。とにかく買うことだと夢中で並びました。でも買ってからが大弱り。両手に1匹ずつ持ったとしても持ちきれません。またまた親切な地元の人に出会いました。自分のケースに入れてくれて発送所まで運んでくれたのです。。
ありがとう。でもどうしてみんなこんなに親切なの(?)

 

トドうちの名人に会う

知床半島の太平洋側の道を突き当たりまで行くと一軒の店がある。入ってみると「トド」「しか」「熊」の缶詰がずらり。
栃木から来たことを告げるとすぐに引き返して羅臼にもどれと地図まで書いてくれた。羅臼漁協が年1回の地元への感謝として取り立て鮭の売り出しをするという。飛ばしてぎりぎり間に合った。
この後地元の話を聞くとこの店の主人はただ一人のトドうちの名人だそうだ。

 

ただでカニを腹一杯
羅臼の店で買い物をした。気がつくとその店はまもなく閉店の時間を迎えていた。ケース内のタラバと花咲ガニを片づけ始まっていた。見ていると「持って行くならあげるよ」。すかさず頂戴! ちょっとのつもりが全部くれた。
宿について話すと鋏と新聞紙を用意してくれた。このコンビネーション(?)も見事。
内子・外子を始めこんなにカニで腹一杯になったのは初めて。
尾岱沼でチカ釣り
兄からもらった釣り竿でどうしても釣りを体験したかった。釣具店で見てもらうとこのままで釣れるという。
名産シマエビをたくさん食べた後埠頭に行って釣り糸をたれる。風が強く寒かった。どうしても1匹釣ろうと粘った甲斐があってついに収穫。うれしかった。とれたチカは横で教えてくれた釣り人にプレゼントしてきた。この人釣れたチカを直接醤油に入れていた。

 

北方領土問題。
知床半島や根室半島からはいつも国後島等の北方領土が見えていました。日本の固有の領土にもかかわらずいまだに日本に返還されないことに戦争の傷跡が未だに大きく残っていることを実感しました。
やはり現地で目の前にすると緊迫感が違います。貝殻島の灯台は傾いたままです。

 

民宿・下宿
釧路では宿に到着すると女将さんが家の前で待っていてくれました。玄関先にはたくさんの取り立てのジャガイモとタマネギ。車のナンバーを見て栃木とわかるとジャガイモの料理を食べさせてあげればよかったとしきり。翌朝家に持って行って食べるようにと袋に入れて用意してありました。
夕食には備え付けの樽から生ビール。思わず飲み干してお代わりしました。
バードウォツチング

風蓮湖では越冬するために白鳥が飛来し始めていました。食堂にはバードウオッチング用の望遠鏡が備え付けられていました。翌朝店のご主人はそれを白鳥に焦点を合わせて観察させてくれました。
専用の望遠鏡でのバードウォッチングは初めてです。

 

アイヌ民俗資料館
静内にアイヌの資料館があることに納得しました。江戸時代アイヌを支配下におこうとする松前藩と戦ったアイヌの酋長シャクシャインの地だったのです。館長さんに話を聞きましたが、アイヌ文化の伝承と理解を目的として、このゆかりの地に資料館が設置されていました。町営で拝観料無料ですが見応えのある資料館です。
えりも岬の昆布漁

えりも名物の風が強くなってきたえりも岬の先端に近づいた頃浜で昆布を干すお年よりに会った。車を止めて話しかけると道路向かいの作業場からご主人を呼んできた。中に案内されると昆布の山を整理中。
興味を示すと「栃木からかね。持って行きなさい、持って行きなさい。」それではとお金を出したが受け取ろうとしない。無理矢理渡してきたが足りただろうか。それにしても・・・。

都道府県を越えた救急活動

行くとき前日まで苫小牧は火災のため接岸できませんでした。応援消火活動のため消防隊が多数乗船していました。
偶然帰りも消防隊と一緒になりました。少し話をさせてもらいました。東京・川崎・藤沢でした。一週間交替ですべて寝袋だったそうです。頭が下がりました。
帰りの船内屋上デッキでは若い隊員が自主トレーニングをしていました。

旅を終えて
北海道は間違いなく私が育ったところであることを確信しました。旅を終えて我が家のある栃木に向かうとき、遠くにあってもう来られないかもしれない土地ではなくいつでも帰ることのできるごく近いところであることを実感しました。
  I love Hokkaido.
北海道こそいつまでも我が最愛の故郷です。
 
 

「北の大地の大きさを実感したい」「のんびりと海岸線を回りたい」ただそれだけでこの旅行を計画したはずでした。
ところが終わってみると北国の人々の親切さばかりが目につく旅となりました。書ききれないほど感動と思い出がいっぱいです。

応援頂いた(このページを楽しんで頂いた)皆さんの温かい心にも共通点を感じました。重ねて御礼申し上げます。

P.S. この後このHPは、リアルタイムの掲載から旅先で書ききれなかった或いは掲載できなかった写真を数枚加えて過失修正を行う予定です。ご了承ください。